トップの羅針盤 第21回 ㈱岡山スポーツ会館 代表取締役社長 江尻 純子 氏

トップの羅針盤2026年7月号

医師として歩まれてきたキャリアから、お母様の事業を継ぐと決心されたのは、どのような経緯だったのでしょうか?

 父も父方の祖父も医師で、医療は子どもの頃から身近でした。高校生で曽祖父母を亡くしたことを機に、「身内が病に倒れたときに自らの手で支えたい」と医学の道を志しました。金沢での初期研修後、岡山に戻り糖尿病内科の専門医として勤務してきました。
 昭和47年に母方の祖父が設立し母が引き継いだ岡山スポーツ会館を、当初は継ぐつもりはありませんでしたが、初孫として可愛がってもらった記憶と、祖父が遺した会社を守りたいという使命感が後継者の道を選ぶきっかけとなりました。
 私自身、勤務医からの転身には葛藤もあり、決断まで丸3年を要しました。最終的に背中を押したのは、「これからの時代は、病気の予防や重症化予防、さらには未病段階での予防こそが重要になる。クオリティ・オブ・ライフという観点でも、医師としての経験はお客様の人生を豊かにする一つの強みになるのではないか」という思いでした。こうして令和元年に入社いたしました。

令和元年の入社というと、まもなくコロナ禍に見舞われる大変な時期だったのではないでしょうか?

 入社直後にコロナ禍に突入し、スポーツクラブには三密回避の強い逆風が吹きました。しかし母は、「健康づくり 幸せづくり」という経営理念のもと、「ここは地域の皆様の居場所であり、健康づくりの場である。だからこそ事業は止めない」と決断。お客様には予防対策にご協力いただいたうえで、運動できる環境を提供し続ける方針へと舵を切りました。
 そこで私は、医療従事者としての知見を活かし、病院の感染予防体制を参考に施設の徹底した衛生管理と、社員およびその家族の健康管理に取り組みました。苦しかったこの期間は、母の熱量や不安を間近に感じながら、意思決定の優先順位と経営者としての心構えを学ぶ貴重な経験となりました。母からは「悩み抜いて意思決定する回数こそが社長のキャリアの蓄積になる」、そして「自分を信じることは大切だが、『自分ならできるだろう』という考えはリスクが見えなくなるため過信は禁物だ」という大切な教訓を学びました。

入社7年目、ご自身で立ち上げられた新事業はありますか?

 共働き世帯が増えるなか、スタッフからも「子どもの預け先がない」「送迎に追われて余裕がない」という声を聞くようになりました。保護者に少しでも時間的なゆとりを生み出せないかと考え、習い事を併設した学童保育事業の立ち上げを決意しました。
 この構想に賛同した現場スタッフがチームを組み、子どもを安全に預かるための運営スキームを作り上げてくれました。まず英会話や書道を教える「キッズアカデミー」を先行して開設し、その後、学童保育事業をスタートしました。学童に通うお子様の多くが当社のキッズスポーツも利用しており、学童の時間内に習い事まで完結できるワンストップサービスは、当社ならではの特色です。日々の送迎負担の軽減が保護者のライフスタイルの充実にもつながり、当社の理念である「幸せづくり」を形にする事業となっています。

民間学童アフタースクール「OSK KIDS BASE」では、スイミング・体育など既存の運動系教室に加え、英会話、書道といった文科系の習い事にもワンストップで対応

フィットネス業界は競合も多いと思います。経営課題と御社の差別化戦略についてお聞かせください。

 当社は総合スポーツクラブの運営だけでなく、指定管理者施設の運営やメディカルフィットネス、自治体の介護予防事業なども手掛けています。地域ごとの課題やニーズに応じてサービスを柔軟に組み合わせながら、県内各地の“健幸づくり”を支える拠点となっていることが、当社ならではの強みです。
 一方で、大人向けのフィットネス事業は参入障壁が低く、24時間営業の小型店舗など多様な業態が乱立するレッドオーシャン市場です。そのなかで、いかに差別化し、独自のポジションを築くかが最大の課題だと考えています。
 当社では、直営4店舗それぞれが地域特性に合わせて営業時間や商品ラインナップを変えていますが、一番の商品は施設でもマシンでもなく、お客様一人ひとりの健康課題やありたい姿に寄り添い、伴走支援できる「スタッフ」です。当社では、社内外の研修を組み合わせながら人材育成に取り組んでいます。しかし、終身雇用が崩れつつある今の時代、画一的な育成だけでは十分ではありません。スタッフ一人ひとりが描くキャリアプランや夢を丁寧に汲み取りながら、個人の価値観や人生の充実に合わせてカスタマイズする教育体系へと進化させていきたいと考えています。スタッフのウェルビーイングの向上が、最終的にはお客様への価値提供につながると信じています。
 また子ども向け事業では、少子化による市場縮小が避けられないなか、スイミングには「泳ぐ楽しさ」だけでなく、「泳げることが命を守ることにつながる」という大切な価値があります。その価値をどう社会に伝えていくかも、今後の重要なテーマです。

「健康づくり 幸せづくり」を理念に、お客様の健康課題やありたい姿に寄り添い、目標達成に向けた伴走支援を行う

医師としての視点は、今後の経営や組織づくりにどう活かされていくとお考えですか?

 実は社長就任後も、月に数回、非常勤医師として医療に携わっています。医療現場を知り続けることで、運動を通じて地域で暮らし続ける下支えができればと考えているからです。「かかりつけ医」という言葉があるように、当社が地域の皆様にとって「かかりつけのクラブ」「かかりつけのジム」となり、運動を未病・予防に役立てていただく。その結果、お客様が今以上に健康で幸せな人生を歩んでくださったなら、これほど医者冥利に尽きることはありません。社内でも、社員の健康診断結果には私自身が目を通し、迅速にアドバイスを行っています。
 私自身の強みは、医師としてのキャリアはもちろんですが、異業種からこの業界に飛び込んできたからこそ、長年会社を支えてきた社員への敬意を持ち、その知識や経験から素直に学べることだと思っています。実務や現場のことは、私よりも社員の方がよく知っています。そのため、自分の考えだけで進めるのではなく、「こうしたいと思うけれど、どうだろう?」と立場や年齢に関係なく意見を求め、対話を重ねながらより良い方向を探ることを大切にしています。私が目指すのは、社員一人ひとりが自らの強みを活かし、必要な場面でリーダーシップを発揮できる組織です。渡り鳥のV字編隊のように、平時においては状況に応じて最適な人が先頭に立ち、前へ進んでいきたいと考えています。一方で、有事やピンチの際には、私が一番前で風を受ける盾となり、組織を守るトップリーダーでありたいと思っています。
 これからは、医療・介護・福祉と健康産業の境目はますますなくなっていくでしょう。病院に代わる、健康をつかさどるコミュニティとして、地域になくてはならない企業へと成長していきたい。さらに将来的には、岡山にとどまらず、健康産業の新しいあり方を示せる企業を目指したいと考えています。「人を大切にする社長」であり続けたいという思いを胸に、これからも歩んでまいります。

江尻 純子(えじり・すみこ)
昭和53年生まれ。金沢医科大学医学部医学科卒業後、同大学病院、川崎医科大学付属病院等で研修医を経る。平成17年より川崎医科大学付属病院 糖尿病代謝内分泌内科に入局し、その後、重井医学研究所附属病院、倉敷スイートホスピタルなどで勤務。平成31年4月に㈱岡山スポーツ会館 入社、取締役に就任。専務取締役、代表取締役専務を経て、令和8年4月より同社代表取締役社長に就任

本 社  岡山市北区絵図町1-50
事業内容 総合スポーツクラブの運営(OSK スポーツクラブ等)、各種公共スポーツ施設等の指定管理者・運営受託業務、キッズ向けスクール(学童保育、英会話、書道、ロボットプログラミング等)の運営
創 業  昭和47年
資本金  2,500万円

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