トップの羅針盤2026年11月号

約2年間の京都店長を経て、今年3月に再び岡山髙島屋の社長に就任されました。
今回の異動は予想していませんでした。京都では従業員が働きやすい環境づくりなどに取り組んでいたので、もう少し見届けたかったという思いもあります。ただ、京都にいる間も月に2回ほど岡山を訪れていて、ここは私にとって故郷のような場所です。戻ってみると、店のこれからを案じる声も耳にしました。そうした不安を払拭し、これからも元気にやっていくという思いを伝えたくて、6月に「カムバックパーティ」を開きました。

今年6月に開催された「カムバックパーティ」。300名を超える地域の方々が集い、上條社長の復帰とともに“ 地域に愛される店づくり”への歩みを新たにした
戻ってからの岡山店の状況をどう感じていますか?
2年続けて赤字になっています。株主の方への説明責任を果たすと同時に、業績悪化で社内が揺らぐことも避けなければなりません。今年度も厳しい状況ですが、来年度に向けて上昇気流に乗せていきたい。そのために、今回は構造改革も必要だと考えています。
以前、コロナ禍で大きな赤字を出した時には、黒字化を目指すプロジェクトを立ち上げ、参加者は社員・パートの区別なく募りました。役職や立場が違っても、意見の重みは同じです。誰にでも経営に参画する機会があるべきだと思っています。参加してくれたメンバーには経営指標をすべて見てもらい、現場の知恵を取り入れた結果、黒字化できました。お客様に接する最前線の人にも経営の視点を持ってもらうことが大事です。今回の立て直しにも、その経験を活かしたいと思っています。
百貨店の仕事に、どのような魅力を感じてこられましたか?
実家が商売をしていたこともあり、商売を学ぶなら百貨店が良いと考え入社しました。ライフステージの変化の中で退職を考えたこともありましたが、周りに引き留めていただき仕事を続ける中で、職場の仲間や髙島屋という会社への愛着が深まっていきました。
仕事の面白さを最も実感したのは、長く携わった外商です。自分は話好きでコミュニケーションが得意だと思って臨んだものの、お客様とはまともな会話にならず壁にぶつかりました。その時、先輩やお客様から「商品を売る以上に、お客様の気持ちに心を寄せること」を教わりました。お客様から感謝されながら定年を迎える先輩方の姿に「これこそが小売りの本質だ」と感銘を受け、私自身も外商の仕事に大きなやりがいを感じるようになりました。この経験こそが、私の店づくりの原点です。日々お客様の声に耳を傾け、それを店舗の改善へ活かす姿勢を今も大切にしています。
従業員の意欲を引き出すことにも、力を入れられています。
入社3年目、まだ「モチベーション」という言葉が珍しかった頃、本社の「生き活き21推進室」(Employee Motivation Service Office)に配属されました。従業員の意欲をどう引き出し、会社の力に変えていくかを追究する部署で、グループソングの制作や、企業理念策定のためのフォーラムの企画・運営などを行い、それが今のグループ経営理念である「いつも、人から。」につながっています。「人は誰もが『頑張りたい』という思いを持って会社に来ている。その意欲を掘り起こし、力を引き出すことこそが組織の活力になる」——若手時代に叩き込まれたこの考え方は、現在の私の経営の土台になっています。
人づくりは、花や木を育てることに似ています。水をやり過ぎていないか、きちんと育っているか、一つひとつ様子を見ることが大切です。そして、その成長を支える土壌が組織です。土が硬ければ根を伸ばせないように、人も力を発揮しにくくなります。一人ひとりに目を配りながら、土をほぐすように組織を整え、成長を後押ししていきたいと思っています。
岡山店の店長として、どのようなことを心掛けていますか?
岡山に戻ってからは、月に一度は全社員と直接対話しようと、私から話をしに行っています。全社員の名前を並べたリストに、挨拶以外の会話ができたかを記録する。顔を合わせただけで話したつもりにならないよう、意識しています。
また、この店には当社の社員だけでなく、お取引先様に雇用されている方、派遣や業務委託の方もいます。雇用主が違うので、こちらから直接指示できるわけではありません。それでも、みんなで一つの髙島屋をつくっていきたい。お取引先様の売上が前年を超えた時には「おめでとうカード」を直接、手渡すなど接点を増やしています。皆さんの思いや困り事をくみ取るには、雇用主が違っても「店長だったら聴いてくれる」と思ってもらえることが重要だと考えています。
もちろん、売上を増やすことは、経営者として最優先事項です。とはいえ、一瞬だけ売上が跳ね上がるような催事や話題性の高い商品のみに頼るのではなく、地道に成果を出し続ける「小売の王道」を行くことが大切です。店舗や組織全体の「基礎体力」を整え、着実に力をつけ、持続的な成長につなげていきます。
店全体の取り組みについて教えてください。
全員が役割を持って輝けるよう、以前に店で取り組んでいた「おもてなし隊」を、再び動かしています。売場をきれいにする、サービスを良くする、お客様を増やす。それぞれが店づくりに関われるようにしたいのです。
店長や管理監督者だけで施策を決めるのではなく、みんなが髙島屋を「私の店だ」と思って考え、働いてもらえることを大切にしています。
店で流す案内放送も、外部へ委託するのではなく、売場担当の社員自らがマイクを握って語りかける「自前放送」へと改めました。型通りのアナウンスではなく、自分たちの言葉で語ることで、商品やプロモーションの内容に想いを乗せてお客様へ届けるためです。
従業員間の情報共有やミス防止にも工夫を凝らしています。「人は誰しもミスをするもの」「一度の通達では伝わらない」という前提に立ち、朝礼前の2分間を活用して、接客の心構えや注意すべきルールを〝聞き流し放送〟として日常的に繰り返し流しています。
今後、どんな店を目指しますか?
厳しい経営環境の中で店舗を継続し、共に働く大切な仲間や雇用を守り抜くためには、まず自分自身の弱気の虫と闘う強い覚悟が欠かせません。その内なる決意を象徴するのが「闘魂」という言葉です。どのような局面でも前を向き、お店と仲間を守り抜く姿勢を何より大切にしています。
また、岡山に天満屋さんと髙島屋の二つの百貨店が存在することは、街全体の価値を保ち、四国や備後からも広くお客様を呼び込むうえで非常に意味のあることです。地域と連携したフェアなどを通して、エリア全体のエネルギーを共に高めていきたいと考えています。
私たちが目指すのは、お客様と我々もてなす側が心を通わせ、共に温かい空間をつくる、茶道の「一座建立」のような店舗です。単に商品やサービスを提供するだけでなく、お客様の声に耳を傾け、お客様と共に店づくりを楽しめる関係を築いていきたいと考えています。館で共に働く一人ひとりが力を発揮し、誰もが誇りを持てる「私の店」を、全員でつくりあげていければと思っています。

雇用形態や立場の垣根を越え、一つ「館」として思いを共有しながら、全員で魅力ある髙島屋を形成している

上條 智子(かみじょう・さとこ)
昭和38年生まれ。関西大学法学部卒業。昭和62年、㈱髙島屋入社。平成24年、日本橋店外商部部長。平成25年、㈱岡山髙島屋取締役副店長。令和3年、同社代表取締役社長就任。令和6年、㈱髙島屋執行役員京都店長兼㈱岡山髙島屋取締役就任。令和8年、㈱岡山髙島屋代表取締役社長兼㈱髙島屋参与就任
本 社 岡山市北区本町6-40
事業内容 百貨店業(衣料品、食料品、日用品、家具、雑貨、宝飾品、呉服などの販売および関連サービス)
開 店 昭和48年
資本金 9,000万円
