2025年7月号

今年4月、長瀬産業㈱の傘下となってから初めての林原ご出身の社長となられました。どのような思いで就任されましたか?
私は入社以来ずっと技術畑を歩んできましたので、ものづくりの分野以外の経験が少なく、正直、不安が大きかったです。商社の経験を持っていた前任の安場社長のようにうまくやっていけるだろうかという思いがありました。
ただ、当社は新しいものを開発し世に出していく研究開発型の企業です。ものづくりの道を歩んできた私だからこそ果たせる役割があるはずだと考えました。ものづくりと人づくりを推進していくことが、私に課せられた一番大きなミッションだと思っています。
これまでどのような研究開発に携わってこられましたか?
最初に配属された部署では、土壌中の微生物や酵素の研究に取り組みました。微生物の採取から、酵素の培養、その酵素を使った試作、製品化までを一貫して経験しました。
その後配属されたのが糖質を研究している当時天瀬にあった研究所でしたが、ここでの経験が大変印象深いですね。「夢の糖」と言われたトレハロースの研究に各社がしのぎを削っている時で、当社の研究員がトレハロースを安価に製造できる酵素を発見しました。当社の事業の主力になる可能性が高まり、研究所全員での大量生産に向けた製品化プロジェクトが組まれました。
私は工場での設備の立ち上げまでを担当することになったのですが、会社の大命題として製品の出荷日がすでに決められていましたので、私たち研究員も生産ラインの配管の組み立てに加わるという、まさに総動員の突貫工事になりました。製品が出来上がるまでは緊張と苦労の連続でしたが、非常にやりがいがあり、今でも思い出深い製品です。
順調に見えていた会社が平成23年に会社更生法を申請、皆さんにとっては大変な出来事でしたね。
トレハロース(製品名:トレハⓇ)は平成21年に新工場を建設し増産体制に入っていましたし、その後開発された製品も売れ行きは好調でした。社業は順調だと思っていましたので、まさに青天の霹靂でした。
ただ、経営破綻の翌年には長瀬産業の傘下に入ることが決まり、社員の雇用も継続され、ものづくりが続けられるということで本当に安堵しました。
また、長瀬産業からは報告の徹底や透明性といった仕組みも導入され、会社の体制として多くを学ぶことができたという点では、私自身としては良かったという気持ちもあります。もちろん、当時は多くの関係者にご迷惑をおかけしたこともあり、その点への反省と感謝の気持ちは忘れてはならないと考えています。
御社の強みはどのようなことだと思いますか?
酵素の発見から製品化、さらにはアプリケーション開発そして販売まで一貫して手掛けている会社はそう多くありません。すべての過程に携わり、使われている原料も含めて責任を持ってお客様に製品を提供できることは弊社の強みです。
一昨年には、NAGASEグループ内で同じ酵素事業を展開していたナガセケムテックス㈱福知山事業所を継承しバイオ事業がさらに強化されました。
また、当社のサステナビリティに関わる様々な取り組みが認められ、フランスの評価機関から最高位のプラチナ評価を2年連続でいただきました。これは環境や人権、資材の調達など、グローバルスタンダードに合わせた経営を推進して企業価値を上げていく指標にもなりますし、今後の海外展開を見据えた武器にもなってくると考えています。

令和7年11月、トレハロースは発売30周年を迎える
昨年、社名をナガセヴィータに変更されました。どういう思いを込めているのですか?
経営破綻した時点で社名が変わっても不思議ではなく、むしろ長瀬産業がよく「林原」という名前を残してくれたと思っています。新社名は、NAGASEグループの一員として10年以上が経過し、創業140年を迎えたひとつの区切りとして新たに次の一歩を踏み出すという思いを込めて、社員全員によるアンケートやワークショップによって決めたものです。
"Viita"というのは、ラテン語で「生命の活力」を意味する"Vita(ヴィータ)"に由来する言葉で、"i"を1つ加えた造語です。2つの"i"は人が並んでいるような形にも見えますし、先行して策定を進めていた当社のパーパス(存在意義)である「生命に寄り添い人と地球の幸せを支える(共生・共創)」という意味を込めてのことです。
若手からベテランまでの社員の生の声を聞きながら、経営層からも意見を出して、それらを合わせて生まれた名前です。林原時代の精神も盛り込まれていて、非常にいい社名になったと思っています。
社員と経営層がお互いに意見を出し合う機会はよくあるのですか?
林原時代からそういう企業風土はありましたが、令和3(2021)年から2年かけて全社員と経営層との対話を通じてお互いの想いを共有するプロジェクトを企画しました。
これは、経営層が一方的に方針や指示を出して社員がそれを聞くのではなく、事前に示した「2030年にありたい姿」というテーマについて社員の意見をまず聞かせてもらい、それに対して経営層の考えも伝え、お互いに向き合って一緒に考える視点を持つことを目的にしたものです。
一人ひとりが自分自身にも問いかけるいい機会になりましたし、対話を通じて経営層と社員の想いがつながり、組織としての一体感が高まりました。
今後、どのような舵取りを考えていらっしゃいますか?
社員の努力を数値化・言語化し、具体的な成果として見える体制を整えたいと考えています。
単に「頑張れ」と言うだけでなく、仕組みや成果を出せる体制を構築し、うまく進めず立ち止まっている人にも適切なサポートを提供していきたいと考えています。
また、現場感覚をずっと持ち続けていたいので、工場や事務所内を回って社員といろんな話をしていきたいですね。
常に「誠実」ということを念頭に置いて、経営者としてやるべきことを見極めつつ、パーパスを基軸にしながら、新米社長として様々なことにトライしていきたいと思っています。

新社名はワークショップやアンケートを通じ、社員参加型で検討

万代 隆彦(まんだい・たかひこ)
昭和36年生まれ。岡山大学農学部卒業。昭和59年㈱林原入社。平成元年3月㈱林原生物化学研究所天瀬研究所に配属。平成31年㈱林原取締役生産統括部長。令和6年ナガセヴィータ㈱常務取締役生化学品事業部門長。令和7年4月、代表取締役社長に就任
本 社 岡山市北区下石井1-1-3
事業内容 食品原料、医薬品原料、化粧品原料、健康食品原料、機能性色素、酵素、リン脂質の開発・製造・販売
創 業 明治16年(1883年)
資本金 5億円