トップの羅針盤 第20回 シンコー印刷㈱ 代表取締役社長 味野 浩一 氏

トップの羅針盤2026年6月号

御社は創業から約100年と長い歴史をお持ちです。事業はどのように移り変わってきたのでしょうか?

 創業当初は「新興乗車券印刷」という社名で、東京から九州までの鉄道会社・バス会社で使われていた「硬券」と呼ばれる厚紙の切符を中心に、交通関係の印刷物を扱っていました。やがて自動券売機の普及で硬券の需要が下火になり、それを機に商業印刷へと舵を切りました。
 まだモノクロ印刷が主流だった時代に、岡山県内でいち早くカラー印刷機を導入したのも当社です。「カラーのシンコー」「色が一番いい」と評価していただいた時期もありました。かつては職人の高度な技術に支えられていたカラー印刷も、今ではコンピュータ処理によるデジタル印刷に置き換わっています。時代の変化に合わせて、当社も事業の形を変え続けてきました。

味野社長は平成5年に入社されたとのことですが、当時はどのような状況でしたか?

 私は高校卒業後に上京し、専門学校で番組制作を学びました。卒業後は東京の制作会社で演出や美術など番組制作にかかわる業務を経験し、岡山に戻って㈱リクルートに入社、営業や求人誌の販売促進に携わりました。その後、ご縁があってシンコー印刷に入社しました。当時はまだインターネットも普及しておらず、印刷業界はまさに全盛期。私自身も入社以来ずっと営業畑を歩み、平成15年に開設した東京事務所では初代所長として新規開拓を担い、開設当初から順調に顧客を獲得し、安定した営業拠点へと成長させることができました。
 しかし入社から数年後にはインターネットが急速に普及し始め、紙の印刷物の需要は徐々に減少し、業界全体が右肩下がりに転じていきました。

その後、リーマンショックの危機もあり、業績にも大きな影響があったのではないでしょうか?

 リーマンショックの頃、私は岡山に戻り、総務や人事を担当していました。デジタル化の影響も重なって、印刷事業はかつてない低迷期に入っていました。一方で、それまで業績が良かった分、社員数が膨らみすぎていました。このままでは会社がもたないと感じ、一時は大幅なリストラも覚悟したほどです。
 ただ、前職のリクルートで採用に携わってきた経験から、人を辞めさせることがどれほど辛いか、私は身をもって知っていました。精神的にも非常に厳しい状況でしたが、それでも最後の最後で踏みとどまれたのは、「自分がされて嫌なことは、人にしてはいけない」その一念があったからです。新卒・アルバイトの採用を止め、定年退職による自然減で凌ぎ、解雇者を一人も出さずに窮地を乗り切りました。
 あの時代を経験したからこそ、「絶対に従業員を大事にする、雇用を守り抜く」という揺るぎない覚悟が定まったのだと思います。

その厳しい状況から、どのように会社を立て直されたのですか?

 それまでの当社は「印刷ができる印刷会社」でした。しかしこれからは「印刷もできる会社」へと変わらなければ生き残れない、そう判断したのです。ウェブサイト制作、テレビCMを含む動画制作、イベント企画など、お客様の販売促進(プロモーション)を全体的にコーディネートし、その延長線上に印刷の仕事をつなげていく。「印刷ありき」からの大転換でした。
 そのためには高い企画力とアイデアが欠かせません。実は当社では、まだ業界全体が「印刷さえしていれば儲かる」と考えていた約30年前の時点で、すでにSP(セールスプロモーション)部門を立ち上げていました。また、デザイン室を設けて、全盛期には20名以上を配置していました。過去の栄光にすがらず先を読み、クリエイティブ部門に蓄積を作ってきた。それがあったからこそ、販促をメインに据える企業への本格的な移行が、今まさに実現しつつあると感じています。

ポスターやチラシ、DMなどの紙媒体にデジタル機能を組み合わせ、販促効果を高めるサービスを提供。利用結果を分析し、次回のマーケティング施策にも活かす

新しい事業展開には、人材の確保や育成も重要になりますね。

 現在もまだ社員の8割ほどは印刷部門ですが、WEB制作やデザインができる人材を積極的に採用し、人員構成を少しずつ変えています。
 採用活動を通じて感じるのは、当社の業務内容が学生の皆さんにあまり知られていないということです。ただ、チラシだけでなく金券、手提げ袋、POP、ジグソーパズルといった多様な紙媒体から、WEBやテレビCMのプロデュースまで幅広く手がけ、取引先が東京から九州まで及んでいるとお伝えすると、皆さん驚き、興味を示してくれます。多様な業務内容を丁寧に伝え続けた結果、今年は6名の新卒社員を迎えることができました。

デジタル化が進む中で、経営者として心がけていることは何でしょうか?

 従業員にもお客様にも、常に感謝の気持ちを持つこと。そして誰に対しても「思いやり」を持って接すること。これが何より大切だと思っています。「当たり前なことは一つもない」と自分自身にも言い聞かせています。思いやりがあって、謙虚で素直であること。それが当社の社風だと考えています。「居心地がいい会社だ」と言ってくれる社員が多いことは、私の誇りでもあります。
 私の使命は、社員が働きやすい環境を整えることに尽きます。今年5月には、エントランス、トイレ、事務所環境の全面リニューアル工事を行いました。ハード面だけでなく、業務効率化で無駄な時間を削り、社員が新しい仕事を生み出すための「考える時間」を作れるよう、ソフト面の整備も進めています。

若手社員が中心となって企画・運営した設立80周年記念式典。華やかでありながらアットホームな雰囲気に包まれ、社員同士の絆を深める機会となった

最後に、今後の舵取りと目指す会社像についてお聞かせください。

 広告宣伝という仕事自体がなくなることはありませんが、その中心が印刷物ではなくなっていくのは目に見えています。だからこそ、お客様のニーズをしっかり掴み、当社なりに企画・提案していく力をさらに磨かなければなりません。
 それから、どれだけデジタル化が進んでも、ビジネスの根底にある人と人とのつながりは、結局のところ「アナログ」なのです。私は社員に「営業担当者だけでお客様と付き合うな」と伝えています。担当者が代われば切れてしまう関係ではなく、上司や役員、ひいては私自身も会社としてお客様と直接つながり、何かあった時にはお互い助け合える。そんな単なる「業者と顧客」の枠を超えた強固で深い信頼関係を築くことこそ、何より重要だと考えています。
 今は10年、20年先を見据えて、会社の方向性を変えていくべきタイミングです。自己変革期にある今だからこそ、社員にはエラーを恐れず「超える自分」にチャレンジしてほしい。印刷以外の部門にも軸足を移しながら事業を維持し、コロナ禍でのオンライン普及などを機に一旦閉鎖した東京事務所をいずれは復活させたいと考えています。社員と共に全社一丸となって、中四国でのトップランナーを目指してまいります。

味野 浩一(みの・こういち)
昭和39年生まれ。平成5年にシンコー印刷㈱に入社。初代東京営業所所長就任。平成28年、同社常務取締役就任。令和5年、同社代表取締役社長就任。令和6年から岡山県印刷工業組合理事長、現在に至る

本 社  岡山市北区島田本町2-7-16
事業内容 企画・デザイン、商業美術印刷全般、乗車券・証券等の印刷、Web・DVD 制作、販売促進&イベントプロモーション
創 業  昭和元年
資本金  5,000万円

一覧へ戻る
TOP
Translate »