トップの羅針盤 第23回 ㈱ブックス 代表取締役 黒田 季之 氏

トップの羅針盤2026年9号

黒田社長が印刷業界に入ったきっかけを教えてください。

 学生の頃、親しくしていた先輩の家が印刷会社を営んでおり、以前から面白そうな仕事だと感じていました。就職先を考える時期に、ちょうど印刷会社の求人があり、この世界に入りました。
 勤めた会社はバブル期に業績を伸ばし、異業種へ進出するほど勢いがありましたが、バブル崩壊後に倒産しました。12年間勤めた会社が倒産し、色々と身の振り方を考えましたが、当時は結婚し、長女も生まれたばかりでした。自分に何ができるのかを考える中で、お客さまから「サポートするので、自分でやってみたらどうか」と背中を押していただき、独立を決意しました。
 前職で営業や生産管理を経験し、印刷製本について一通り理解していたことも支えになりました。倒産した会社から、約6,000万円のリース債務を含めて設備を引き継ぎ、妻を含む4人での出発でした。

大きな負担を抱えての創業に、不安はありませんでしたか?

 経営経験はなく、準備も十分ではありませんでしたから、不安はありました。ただ、若さゆえの怖いもの知らずと、12年間で身に付けた技術への自信があったのだと思います。当時は理念や将来像を語る余裕もなく、今日、明日の仕事をどう納めるかに必死でした。
 創業後しばらくは受注に恵まれ、売上も伸びました。一方で、最も苦労したのは人材の確保です。夜間や休日も自ら現場に入り、遅れを取り戻す日々が続きました。作業環境や福利厚生も十分ではなく、社員が定着しない時期もありました。少しずつ仲間が増え、会社は回るようになりましたが、当時から人材の確保には苦労しており、人手不足は今なお製造業に共通する大きな課題だと感じています。

平成19年には、瀬戸内市へ本社工場を移転されています。

 創業から5、6年で売上は10億円を超え、その後も成長が続きました。しかし、町の貸工場は、夏は暑く冬は寒い上、ほこりや騒音もあり、このような環境では、良い人材は集まりません。そこで、働く人の負担を減らそうと、手狭になった岡山市内の工場から瀬戸内市へ移転しました。
 食堂や休憩室を整え、休憩時間を確保し、地域からの採用やアルバイトを増やしてシフトを組むことで、残業も減らすことができました。ところが、その翌年にリーマンショックが起こり、仕事が急減しました。移転によって固定費が増え、社員も採用した直後でしたから、利益が出ず、社内の士気にも影響が表れました。

環境を整えた矢先の危機を、どのように乗り越えたのでしょうか?

 「人」に焦点を当て、人材教育に本格的に取り組み始めました。その一環として、外部のコンサルタントを招いて研修を行い、行動指針「クレド」の策定を進めました。私が掲げる経営理念をベースとしながらも、具体的な行動指針は社員たち自身に考えてもらい、合宿などで議論を重ねながら言葉を練り上げてくれました。共通の価値観が浸透したことで、一人ひとりが自主的に判断し、行動する組織へと変わり、業績も徐々に回復していきました。
 それまでの私は、人に任せるより自分でやった方が早いと考えるタイプでした。しかし、一人でできることには限界があります。任せるためには相手を信頼し、その土台となる関係を築かなければなりません。クレドの導入を通じて、社員を信じ、細かなことまで口を出さずに任せる大切さを学びました。

社員自らが策定した行動指針「クレド」のもと、一人ひとりの品質への高い意識が、妥協のないものづくりを支えている

危機に直面するたび、次の成長につながる一手を打たれてきたように感じます。プリントショップへの進出も、その一つだったのでしょうか?

 書籍のデジタル化が進み、印刷市場の縮小が予測される中、会社を守るには新たな事業の柱が必要だと考えました。平成20年には別会社を設立し、他社との業務提携により、岡山駅前にオンデマンド印刷サービスを強みとするプリントショップ1号店をオープンしました。しかし、長く赤字が続き、撤退も頭をよぎりました。それでも懸命に働く社員の姿を見て事業の継続を決意し、市場規模の大きい東京へ進出したことが転機となりました。
 現在は岡山、神戸、東京で10店舗を展開しています。店舗では対応しにくい大型の印刷物を本社工場で製作する体制も整え、グループの強みを組み合わせたことで相乗効果が生まれました。また、東京ビッグサイト近くの有明エリアでは、コミックマーケットなどの大型イベントや、独自のカルチャー需要を取り込む「サブカルチャー特化型」の新店舗が、9月にオープン予定です。多様化する需要やインバウンドを背景に、まだ伸びる余地があると見ています。

さらに、新事業として「wrapX(ラップエックス)」にも力を入れていますね。

 昨年始動した「wrapX」は、高級車を対象に、車体色を変えるラッピングや、傷からボディを守るプロテクションフィルムを施工するサービスです。一見、印刷・製本とは異なる分野ですが、緻密な手作業の精度や徹底した品質管理など、長年培ってきた「ものづくりのDNA」をそのまま生かせる仕事です。きっかけは、車好きの社員が「やってみたい」と声を上げたことでした。東京などの首都圏では施工まで半年待ちになるほど、需要に対して施工業者が少ないニッチな市場です。だからこそ、長年真面目にものづくりに向き合ってきた当社が組織として提供することが、大切な愛車を預けるお客様への強い信頼感となり、他社との大きな差別化になっています。営業スタイルも一新し、Webマーケティングのみで集客を行っています。さらに「事前決済システム」を採用し、売掛リスクのない健全なキャッシュフローを実現しました。また、この仕事には「車好きの若い人材が自発的に集まる」という採用面の強みもあります。今後は全国5箇所程度に拠点を拡大し、新しいブックスを支える次世代の柱に育てていきたいと考えています。

高級車のラッピングやプロテクションフィルム施工を手掛ける新事業「wrapX」。印刷業で培った高い技術力と品質管理を武器に、新たな価値を創出

本業を取り巻く環境が変わる中、今後の成長をどのように描いていますか?

 教育出版の仕事は、国のGIGAスクール構想による子供たちの学校教材デジタル化などの影響もあり、ピーク時の半分以下まで減りました。これからは「印刷会社だから印刷だけ」と本業の形にこだわるのではなく、蓄積した品質管理の知識や社員の技術、感性を生かし、何ができるかを考えることが重要です。将来性のある分野を見極め、必要な投資を続けることが成長につながると思っています。

創業から30年を経て、社長として大切にしていることを教えてください。

 社員とは冗談を交わし、気軽に話せる関係でいたいと思っています。今も工場内を歩き、一人ひとりに声を掛けています。社長の役割は、社員が安心して力を発揮できる環境をつくり、「ここで働いて良かった」と思える会社にすることです。
 仕事では、できない理由を探すのではなく、まず「できる」と信じて取り組み、簡単に諦めない。振り返れば、創業時の苦境も、工場移転後の業績悪化も、新分野への進出も、その姿勢によって次の道が開けてきたように思います。これからも、培ってきた力を新たな価値へ変えながら、粘り強く挑戦を続けていきます。

黒田 季之(くろだ・としゆき)
昭和39年生まれ。平成6年ブックス創業。平成7年㈲ブックス設立取締役社長就任。平成10年増資により株式会社に変更し、㈱ブックス代表取締役就任。平成20年㈱デジブリ設立代表取締役就任。西日本ものづくり協同組合設立代表理事就任。その他、平成22年度岡山商工会議所青年部会長、平成24年度岡山県商工会議所青年部連合会会長を歴任

本 社  瀬戸内市邑久町北島222-1
事業内容 印刷・製本・加工・プリントショップ運営・カーラッピング・プロテクションフィルム施工サービス
創 業  平成7年
資本金  3,000万円

一覧へ戻る
TOP
Translate »